2013年12月02日

究極の働き方は「公私混同」


 「公私混同するな」という言葉は、社会人の定石中の定石としてよく使われる。
 ほとんどの会社は、「公私混同をしない」為に、明確に勤務時間が決まっていて、会社という作業場所がある。
 一般的に言って働くという事は、「勤務時間として区切られた時間で、会社という私生活から切り離された場所で活動する」という事になる。
 少なくとも現在の社会において「働く」という事においては、こういう考えが間違いではないんだろうな、とは思う。
ただ、現在の社会において多くの人が「働く」という事を「辛い」「我慢の時間」のようなネガティブな時間として考えているのは、こういった考えが根底にあるという事も原因としてあるとも思う。

 そもそも、ここまで明確に「私生活」と「仕事」を切り離す必要があるのか?
働く事で給料がもらえるのは、自分が「仕事」として行った作業が、他の誰かがカネを出すに値する何かを生み出したからであって、勤務時間内に会社にいてデスクに座って苦痛に耐えたからじゃない。
最近では「在宅」とか「ノマド」とかが取り上げられるようになったが、これはまだ「一部の珍しい働き方」的な感じだ。

 今はインターネット等のインフラもあって昔と大きく違うので、本来は働くのに時間も場所も限定される必要性は薄い。働く時間と場所を明確に区切って監視するというやり方は、前時代的のような気がする。
 もっと今の時代にあった理想的な働き方は、別にあるんじゃないかと思ったりする。

 個人的な考えだけど、究極的には、仕事は完全に生活の一部、「遊びに行く」とか「家で映画を見る」とかと同じレベルで選択肢にあるぐらいでいいんじゃないか、という気もしたりする。

 いつ、どれくらい働くかを会社が管理するのではなく、あくまで各個人が主体となって判断する。
会社の事務所は、「勤務時間中に従業員を拘束する場所」ではなく、「仕事を主な目的として、会社が提供するオープンスペース」にする。
「家族で食事をするリビング」や「一人でくつろぐ自分の部屋」と同じレベルで、仕事をする為に「仕事がしやすい会社へ行くか」となる。
又は、全体の方針を決める為にメンバーで話し合う必要があるなら、「明後日の3時からちょっと会社で打ち合わせしようか」とすればいい。

 それぐらいゆるい感じでいいと思う。
どれぐらい働くかは各個人で判断すればいい。
週に5日しっかり働かなくても、「今月は給料はほどほどでいいから、自分の時間を多くとりたい」と思う月もあるだろう。
そういう「働き方の自由」があるほうが、各個人のモチベーションも発揮できるし、「雇用を産む為の仕事」なんて本末転倒なものも無くなる。

 例えば同僚を食事に誘って、食事をしながらプロジェクトの話をして、そのまま会社に立ち寄ってプロジェクトに取り掛かるのもいいし、家で隙間時間をぬって仕事を進め、集中して仕事をしたい時には会社に出向いて取り掛かるのもいい。

 時代と技術はどんどん代わって行っているのに、働き方という事に関しては何十年も全く変化していない。
こういう時代にあった働き方ができる会社が出てくるようになれば、日本の幸福度は確実に上がってくるハズ。

ラベル:会社 仕事
posted by ryo4071 at 22:21| Comment(0) | 会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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